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魔導士たちのお話。

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ぽぺっかさん (7hpw1j48)2020/4/18 15:16 (No.39746)削除
訂正、再投下。

診断メーカーに頼った産物。

思いっっっっっっっきり妄想捏造120%につき注意。

あと長いです、多分。

覚悟のある方だけどうぞ、私は言ったからな。



*



『拝啓、愛しい人。どうしていますか?』


添える程度に向日葵が一輪だけ印刷された、飾り気のない横書きの便箋の上で、二十にも満たない丸文字だけが置いていかれたように記されていた。






南向きの窓の直ぐ傍に設置された机に向かい、椅子の背凭れを軋ませながら大きく伸びをする。

咽頭から絞るように声を漏らし、目に掛かる前髪を手櫛で払いながら、壁掛けのアナログ時計に視線をやる。

ステンレスの縁に覆われた丸時計の秒針はきっちり一秒ごとに、まるで訓練所の兵隊のように正確に行進している。

椅子に腰掛けたのは9時より前のことだったのに、短針は既に10を通り過ぎていた。

時間が経つのは早い、集中している時や楽しい事は尚更だ。

急ぎの用事はないので所要時間についてはどれだけかかろうと一向に構わないのだが、問題はその時間で行った作業の少なさだった。



そもそも私が椅子に座っているのには、手紙を書くという柄でもない理由があるのだ。

文通などの経験もなし、特に達筆な訳でもなく、寧ろ人生で手紙を書いた数なんて片手で数えられるだろう。

そんな初心者がいきなり便箋を前にしたところで、何も筆が進む筈はなかった、という訳だ。

一時間近く考えた末に書けたのは、宛名と書き出し部分のみ。

『愛しい』だなんてやり過ぎたかな、と書いてから後悔したが、なんとなくこの語感を気に入ってしまった。

結局悩んだ末、便箋を丸めゴミ箱へと放ることもなく、未だ歪みない紙の上に記されている。



今日は天気がかなり良いのか、まだ正午前にも関わらずカーテン越しでも日差しが眩しい。

首を回していると、位置関係が悪かったのか便箋の右側に鎮座するガラス素材の小瓶が曙光を屈折させ、私に不意打ちをしかけてくる。

思わず顔を背け目を窄めてしまった、おまけに呻き声までだらしなく添付されて。

その忌々しいインク入れに刺してあるのは、艶のある黒の胴体をした万年筆だった。

クリップやペン先は金の塗装がされているが、模様も何もなく簡素に収まっている。

特に凝られた部分のない安物っぽい見た目を気に入って購入したのだが、天冠に描かれたマークは、この万年筆がそこそこの代物であることを示している。

政府に管理されている機関だからなのか、魔導士という職は給料が高く、大半の人間が潤沢な資産を抱えている。

それをどう使うかは個々の判断、私は今まで貯蓄に回していた種類の人間だ。

そして今回、その貯蓄を少し削って贅沢をしたという訳だ。

どうせ買うならば今後使用しやすい物の方が良いだろう、という適当な理由ではあったが、後悔はしていない。



しかし折角高価な代物を買ったところで、道具は使われなければ真価を発揮しないもの。

書くことを中々纏められない私には、まさに宝の持ち腐れという奴だ。

手に取られてすらいない万年筆は今この瞬間も、紙という己の為の舞台で颯爽と駆け巡ることを期待しているのだろう。

その疾走を妨げているのは紛れもなく私だ。



一種の申し訳なさを感じる最中、チラチラと瞳を襲う屈折光がどうも鬱陶しくて、二重になったカーテンの内側もいっそのこと閉めてしまおう、と窓を覆うベールを一端開く。

木目調のカーテンレールを滑走し、舞台の暗幕が開かれるようにガラス越しの景色がありありと映る。

季節上は春を迎えている筈のこの街には、温もりの訪れを告げるような代物は何も見当たらない。

メガエラは四季が明瞭だったから、単に私の感覚が鈍っているのだろうか。

無意識に、心の曇りを祓うようにため息をつく。

しかしながら、此所、ロートレーデンだって、特色の多い良い街ではある。

視覚的にわかりやすい鋸屋根から普遍的な波のプレート屋根まで、種類はとりどりなれど見える建物は一貫して煙突から煤や白の煙を昇らせている。

今日は快晴だが、曇りの日に覗けばまるで工場が雲を生産しているような光景を見ることができる。

この近辺で生産されているのは、確か布製品関係だっただろうか。

防音加工がされている為部屋の中は静寂に包まれているが、ひとたび窓を開ければ規則が折り重なった不規則な機織り機の音が聞こえてくるのだろう。

第Ⅶ支部の南に広がるのは工場地帯だが、東側には市街や商店街もちゃんと広がっている筈だ。

食べ物に関しては、特別美味な物がある訳ではないが、素朴故に馴染みのある味の物は沢山あった。

この街が、今の私に与えられた居場所であり、仲間と集う場。

私は既に、第Ⅲ地区の防衛魔導士ではなくなっていた。



支部移動、という奴だった。

ロートレーデンの近くで、アルタミラと同じような古代遺跡が発見されたのが約五ヶ月前。

アルタミラのような大規模な学術都市ではないものの、ヒストリア帝国が管理下に置いていた研究所だったらしい。

こんな辺境に構えているあたり、あまり公にはできない内容だったのだろうか?

私の推測が当たっていても外れていても、試験魔導士の私には伝えられることはなかったし、これからもないだろうけれど。

本部から調査隊の派遣もあり、メガエラの時と同じように……とは、いかなかったようで、障害が存在していた。

ロートレーデンは、周囲の支部と比較しても防衛魔導士の設置数が多くなかったのだ。

しかし上層部は、探索の為だけに本部からの派遣を多様するのを嫌ったらしい。

費用も戦力も勿体ない、というのが表向きの理由だったらしいが……と、ここからは様々な噂が魔導士の間で囁かれている。

さて、ここまで言えばわかるだろう。

周囲の支部から――勿論第Ⅲ支部からも――魔導士を適当に移動させたのだ。

特に第Ⅲ支部は、第二期小隊も加わってかなり魔導士の数は多かったから、ロートレーデンに就いたのは私だけじゃない。

アルカナ本部より移動を宣告されたのが、約四ヶ月前。

宣告後にメガエラで過ごす残された時間は、一週間という短いものだった。



支部移動を控え、やることは山のようにあった。

屍屑小隊の共有スペースに置いていた荷物を纏めたり、お世話になった人に挨拶をしたり。

勿論、本来通りの仕事もしっかり行った。

溜まっていた自分の仕事、これからの手続き……あの期間でどれほどの数の書類に目を通したか覚えていない。

文字を見ることさえ鬱になるような期間だったが、勿論良いこともあった。

小隊の皆がプチ餞別会を開いてくれたのだ。

試験魔導士は格下の筈なのに、餞別というのも何だか違和感を感じてしまったが、気持ちだけで一杯一杯で、言葉に表せない程に嬉しかった。

……皆には申し訳ないけど、最後に猫猫さんが一瞬だけ撫でさせてくれたのが一番のプレゼントだと思う。



……少し、気分が沈んでしまった。

乱雑にカーテンを閉めては気持ちを誤魔化すように徐に部屋の中を移動し、とある物を探す。

メガエラからは必要最低限の物しか持ってきていないから、此所に置かれた家具は全て此方に来てから新調したものだった。

一人が使うにはどこか落ち着かない広さの箱庭の中、以前の名残をまだ匂わせているのは、眼前に設置された棚に飾られた小物だけだ。

三段目にちょこんと置かれた檜の木箱を開け、手にしたのは銀色のありふれた鍵。

木箱の蓋を開けっ放しにしてまた机に戻り、上から二段目、引き出しの鍵穴に先程の鍵を捩じ込む。

右へと回せば、カチンと小気味良い音が部屋に響いた。


「ん……と、あった」


折り重なる紙の束をまさぐり取り出したのは、以前は赤い封蝋印が押されていた横長の封筒。

なるべく原型を留めて剥がしたかったのだがやはり思うようにはいかず、封蝋はかなり割れてボロボロになってしまっている。

もう一度椅子に腰を下ろして、どこか渋るように、時間を稼ぐように、白の封筒を裏返す。

裏面に記された日付は新魔導歴502年の2月7日。

この手紙の送り主は、本部魔導士、『Eca・Dynamis』。

そして、私が今から書く手紙の受け取り手でもある。



ここで足踏みをしていても仕方がない、何せ目的はこの先にあるのだ。

逡巡の末に意を決してゆっくりと開封すれば、中に納められていたのは二枚。

その内の一枚、二つ折りになった方を取り出す。


「わっ、懐かし」


そこには、時間が経った証に少し草臥れた便箋に、殴り書いたような、お世辞にも綺麗とは言い難い右上がりの文字が倩と並んでいた。

これが参考資料、私に宛てられた唯一の手紙。

記憶を捲ればあたかもその過去に居るような気分になれて、我知らず口元が緩む。

全く、不思議なものだ。

文字は客観的に見ればただの判別記号の筈なのに、これは確かにとある物語を連れているのだ。

荒い文字、円状の染み、薄い皺、その全てが意味を成している。

思い出に浸りたいのは山々だが、脱線してしまっては元も子もない。



参考に、とは言ったものの、当の参考資料は小難しい形式やらルールやらを気にしている様子はなかった。

思えば、目上の人に宛てる物ではあるものの、特に頼み事や真面目な話を記すのではなかったから、形式は意識しなくても良かったのかも知れない。

折角悩んで考えていた努力が水の泡になったしまったのは残念だが、私に器用なことはできないし、疑問は解決したのだから喜ぶとしようか。



少々複雑な気持ちを胸に仕舞い込んで、瞼を下ろし深く息を吐く。

肺の中、籠った熱、脳に渦巻く思考や言葉から日常のちょっとした不安に至るまで、全てを身体の中から追い出すように、長く永く。

情報を遮断し一度何もかも空にしてから、今度は机上の便箋に視線を移す。

……うん、書けそう。

何も難しいことは要らない、思ったことを記せば良いのだ。

持ったままだった手紙を封筒と一緒に一旦端へと退かし、インクの容器から万年筆を慎重に浮かせる。



ペンだこの代わりに小さな痣や切り傷を作った自分の右手は他人よりも小さくて、女性らしいとは言われるけれど私はあまり好きじゃない。

いかにもひ弱そうで、護べきものを庇うことなくすぐに折れてしまいそうで。

『魔導士』なんだから、強くないと。



指先から万年筆へと視線を伝わせて、青の瞳の行き先が黒い柄に掘られた文字に達する。

『Stills』とファーストネームだけ、装飾に合うように金で彫った名前。

私の前に並んでいた人がどうやらプレゼントに同じものを買っていたらしくて、購入の際に店員に名入れの有無を聞かれていたから。

人にあげる物ではないけれど、ちゃんと私の物、という証明になるそれが、私には些か魅力的に映った。

お陰で数日後にまた取りに来なければならなくなったが、こうやって使っていてとても満足しているから、前に並んでいた人には感謝しないといけない。

ただ一つだけ問題があって。

自分用に買うのに抵抗があったから、店員には贈り物と偽ってしまったのだ。

そんな狡い自分に対して模範的な営業スマイルで接客する店員の姿に、騙しているという罪の意識から心の中で謝罪を繰り返した。

それも相まって開封の時に惨めな気持ちを味わってしまった、何もかも自業自得だが。



……別に『Sty』でも良かったけれど、あだ名だと見られた時に恥じらいが生まれそうだから。

それに、あまり人に呼ばれたい名前ではない、色んな意味でも。

それは過去からの逃避で、それは醜い独占欲。

せめて思い出さぬように、形には残さぬように。

羞恥心という名目の穢れた塗装で偽った理由を剥がせば、誰もが軽蔑の眼差しを向けるだろうという被害妄想。

根も葉もない悪印象を蒙られた周りの人間に対する申し訳なさは、今の私には存在しない。



ここでふと、まだ手紙の続きに手をつけていないことに気が付く。

早く書いてしまおう。

ブルーな気持ちにならない内に。

万年筆のペン先からインクが、私の隠した思いが、溢れない内に。








拝啓、愛しい人。どうしていますか?

私の方は大分落ち着いて、今ではこうして手紙を書く時間がある程には暇もあります。

本当はもっと早く出すつもりだったのですが、やはり私の手際が悪いせいでしょうか。

中々上手くいかないことも多くて、 新しい隊の皆さんにも迷惑をかけてしまっています。

そういえば、偶然かはわかりませんが、ナンバーはまた52番を貰えました。

特に思い入れがある訳ではありませんが、それがちょっとした喜びです。



早いことでもうすぐ四月、出会いと別れの季節ですね。

ロートレーデンに草木はあまり見られませんが、メガエラではそろそろ綺麗な花畑の景色が見られる頃でしょうか。

フソウでは桜という綺麗な花が見頃を迎えて、この時期は花見客で賑わっているようですね。

第Ⅶ支部の仲間の中にも、休暇を使ってフソウへお出掛けに行く計画をたてている人をちらほら見かけます。

残念なことに、私は休みが少なくて旅行は行けなさそうです。

また来年暇なら、本場の桜を見てみたいものですね。



さて、そちらにも既に連絡は届いているでしょうが、遺跡の調査は成功という形で終結しました。

アルタミラのように死者をゼロに抑えることはできませんでしたが、被害は予想よりも被らずに済みました。

私も調査には出向きましたが、大した怪我もなく帰還することができました。

作戦の間に新たな知り合いも作ることができて、実り多き時間だったと、振り返って実感します。



今、この手紙を万年筆で書いているのですが、やはり鉛筆とは違って扱いが難しいですね。

ここだけの話、一度失敗してしまって、書き直しているんです。

でも折角万年筆を買ってみたので、新たな挑戦として使用しています。

ちょっと、文字が崩れて読みにくいかもしれませんね、ごめんなさい。



……エーカは相変わらず元気にやっていますか?

魔導士である以上、怪我は愚か死と隣り合わせではありますが、体調には十分に気を遣って下さいね。

仕事もあまり溜め込み過ぎないように、でもあんまり気張り過ぎないように。

またチャンスがあれば、メガエラにも顔出し、できればなぁと思っています。

それでは、いつかの機会に。



――第Ⅶ支部所属。×××××小隊試験魔導士、No.52

Stills Mead。














……なんて、ね。



ごめん、違和感感じたよね?

私も実は書いてる時にむず痒くって、でも見栄張っちゃった。

もしエーカがこの手紙を読む時に、他の誰かも見てたら……って、考えちゃって。

せめて一枚目だけ、人に見られそうな所だけ、恥ずかしくて騙しちゃった。

わざわざ他の便箋は三つ折りにして、一枚目だけ二つ折りにして。

狡いの、直ってないみたい。

ホントダメだね、私ったら。



まず、何度目になるかわからないけど、謝らせて。

ごめんなさい、移動のこと言わなくて。

屍屑小隊の皆にだけ、上から言い渡された次の日にこっそり報告したの。

確か、報告書には人数は書いてあったけど、名前までは載ってなかったんだよね。

でも結局、エーカにも伝わってたみたいで。

人の口に戸は建てられぬ、って言うから、もしかしたらとは思ってたんだけど。



……私にとって最悪の事態は、魔導士を続けられないことだったから。

もし上層部に逆らいでもして解雇されたら、家に帰らなきゃいけない。

これからの生活のことも心配だったし、単に家に居る家族に顔会わせたくなかったのもあったけど、やっぱり、魔導士辞めたくなかった。

ヘタレだって言われちゃうかな?

やっぱり、反発が怖かったなんて、移動が嫌じゃないみたいで、エーカを裏切るみたいで、何となく言えなかった。



だからさ、夜にこっそり出ていく時に見つかって、どうしても顔向けできなかった。

これは単なる私の過大評価なんだけど、あの時みたいに殴られるかもなぁって、覚悟してた。

手を出す程、エーカが私のこと大切に思ってくれてるって、勝手に解釈してたんだよ?

笑えちゃうよね、なんか。

……でも、実際はそんなことなかった、良い意味で。

あの時はどっちも取り乱してたんだろうね。

気持ちのぶつけ合いばっかりで、泣き顔なんて見せたくなかったけど結局泣いちゃったし。

意識しないようにしてたのに、どうしても現実に向き合わなきゃいけなくなって、悲しさばかり込み上がって。



思い返すと、エーカと会うときって泣いてばかりだった。

勿論、笑ったりお喋りしたりもしたし、何気ないことだけでもとても楽しかったけれど。

こうやって手紙を書いて思い出に耽ってなくても、帰りたくなる衝動ばかり襲ってきて。

寝る前なんて特に他に考えることないから、最初の方は寝不足が続いちゃって。

……今でも私の帰るべき場所は、護るべきものがある場所だと思ってる。

第Ⅲ支部の皆の元……もっと限定するならば、貴方の元なんだろうな、って。









楽しかったからとも言えないし、悲しかったからとも言えないけど。

第Ⅲ支部での思い出は、此方に来てからも鮮明に思い出せる。

日頃のちょっとした駄弁りとか、ちょっと真面目な話とか。

きっと、充実してたからかな?

今までもこれからも、あの時以上に充実した時間はそうそう送れないと思う。



……繰り返しになるけれど、皆、元気にしてるかな。

怪我も勿論、ちゃんと笑えてるかな。

毎日、楽しく過ごせてるかな。

身を案ずるべき人に順位はつけたくないけど、一番に考えるのは、やっぱりエーカの事。

思い上がった余計なお世話かもしれないけど。

もしも、もしも貴方が落ち込んでいるなら。

少しだけ立ち止まった後に、周りを見渡してみて。

きっと、エーカのことを大切に想ってる人は居るから。

……勿論、私だって。

エーカのこと、言葉では言い表せないぐらい、大切に想ってるよ。

それに、素敵な人の所には素敵な人が寄ってくるものだから。

なんだか私までその『周りの人』の評価に入れてるみたいで、くすぐったいけど。

エーカが素敵な人だっていうのは、私が保証するから安心して。

……尤も、私じゃ説得力に欠けるだろうけど、ね。



話の順序がバラバラで申し訳ないけど。

もう一つ、謝らなきゃいけないことがあるんだ。

アルタミラに行った時……ヤマトさんに、出会した時。

本当は怪我、してたんだ。

結界の中で、もう一人魔術師に出会ってて、その人に怪我を治療して貰って。

そんな殺されるかもしれない危ないことしてた、なんて知ったら怒るでしょ?

エーカが本部に戻るのを邪魔したくなくて、言い出すにも言い出せなくて、ここまで秘密にして引っ張ってたんだよね。

今だから打ち明けたけど、次に会った時に怒られそうで怖いな。

……でも、私が大人しくしてたら、多分こんなことにはなってなかったと思う。

本当なら寸前で止まる筈だった攻撃に、抵抗、しちゃって。

結局、傷一つ彼には付けられなかったんだけど、勇気を出した結果だったんだ。

……まぁ、それで死にかけちゃ何にもならないんだけどね。



言いたいことは沢山あるんだけど、いざとなると整理が追い付かなくて中々纏められないんだね。

こんな中途半端な所でこんなこと書いたりしちゃうのが悪い例かな。

ぐちゃぐちゃな手紙になりそうだけど、ちょっと目を瞑って欲しいな、なんて。









此方に来てから、私もまた一つ歳をとって、めでたいことに24歳になりました。

去年は確か、エーカに言えなかったんだっけ。

いつかは覚えてないけど、誕生日が近いってわかった時、一緒に祝えるなぁって密かに喜んでたんだけど。

結局、また祝えなかった。

遅れたけれど、誕生日おめでとう、エーカ。

いつか、直接言ってみせるからね。



さて、あんまり長くなりすぎるのも読むのが疲れるだろうから、この一枚でそろそろ絞めようと思います。

そうそう、この便箋。

同じ小隊の人が選んでくれたんだけれど、ワンポイントの向日葵が可愛くて気に入ってるんだ。

……蛇足かも知れないけど、その人はかなり植物に詳しくて。

大切な人に手紙を書くんだって教えたら、「じゃあ向日葵がピッタリだね」って言ってて。

花には一つ一つに、素敵な言葉が込められてるみたいですね。





最後に一つ。

誕生日プレゼントを一緒に入れておきます。

……もしかしたら、もう先に開けちゃったかも知れないけど。

安物のありきたりなストラップだけど、小さく付いた雫型の飾りが気に入っちゃって。

やっと一つ、お返しできそう。

色の種類が沢山あって迷ったけど、エーカには青の物を送ります。

私用にも赤を一つ買ったから、お揃い……に、なるのかな?

できたら、どこかで使ってくれたら嬉しいです。



また、手紙送るね。



Sty








「……ふぅ」


一息ついてから、コトリ、と万年筆を手紙の脇に置く。

随分長い時間が経っていたようで、気がつけばもう正午を回っていたらしいが、何かを食べる気には到底なれそうにない。

慣れない執筆に手首が悲鳴をあげるけれど、それ以上に心が痛い。



暫しの沈黙の後、エーカからの手紙が入っていた封筒の二枚目、少しセピアにくすんだ写真を取り出す。

下手くそな笑顔が二つ並んだ、大切な大切な写真。

此方に来てから、飾ることすら……他人の目に晒すことすら嫌になって、ずっと封筒に隠してきた。

思い出ばかり詰まった、一瞬を切り抜いたそれを久しぶりに見ていると、とうに水槽は限界を迎えていて。






どこか虚しい部屋の中、自虐的な笑みを浮かべる女が独り。

写真に込める力は次第に強まり、青の渦を閉ざすように、濡れた睫毛がゆっくりと下を向いた。
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エシラさん (7ftclnjz)2020/2/29 20:26 (No.36393)
彼女と言う存在は何だろうか?
生まれてからずっと品行方正、清廉潔白な生い立ちであったのだろうか?
気になった私は独断で調査を行なった。

「これは…」

その結果、私は彼女の正体に気づいてしまった。
人間ではあるものの、人間よりも清浄な存在。
それが彼女であった。






























踊る人々、廻るセカイ。
人形の糸は撓んで千切れて行く。
生命の悪意―――それこそがアポトーシスなのよ。
嘆かわしい、悲哀になるの。

このセカイは諸行無常、栄枯盛衰。
幾許の時間が経ち、差別によって自滅の道を無意識に選択した生命。
愛撫したい程に愛しき子らは文明の衰退と新たなる脅威によって無意識下にこう願ったわ。

「どうか神様お願いします…こんな残酷で愚かな世界でも救ってください」

強い願望、救いの渇望。
それが集積した時、月がセカイに降り立った。
私の可愛い妹…セカイを救う事を今日も激励するわ。






























舞え、清浄者。
愛しい私の宝石よ。
浅葱色の瞳を持つ君は正に混沌の地に咲く華。
血濡れた周囲の環境も、愚鈍に跋扈する愚者達も、貴女が要れば華やかな景観と化す。
美しい美しい私の花。
混沌によって生誕した瞬間より穢れきった汚泥の権化たる私を患わせた少女。
天真爛漫に、華麗に舞台を舞っておいで。
Requiem(舞台の終わり)の時まで、君は輝き続ければいいのだから。
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黒助さん (7c2y42x5)2020/2/22 13:00 (No.35738)
休みと猫とカメラマン






今日は二月二十二日。ゾロ目の日であり、俗に猫の日と言われる日だ。テレビは猫オンリーの特番やら癒し番組が流れ、街では猫耳を着けた人々が客引きやイベントを行っていたりする。

別にそれはいいのだ。祝ったり騒いだりするのは好きだし、自分がそれに混ざるのも特段嫌じゃない。だが、一つだけ言わせてほしい。

「何故ッ!こうなったッ!」

この不精リオン・グリストフ。今現在猫耳カチューシャをつけられ、写真撮影をされているのである。











始まりは今から数時間前、朝の八時頃。貯まっている有給を消化して一日だけ休みをもらったのだ。つい先日プロクスへと行ったから、と言うのもあるが、帰ってきて早々最近働きすぎではないかと同僚に言われたのだ。

そう言われて考えてみれば、近頃は一日中書類を片付けていたり会議の纏めを行っていたり。後は前線に出て魔術師の首を刈ってばかりだっ
た。そうしてふと思ったのだ。



そうだ、休みを取ろう。と。

そして取れたのである。休みが。


一時期は何故か何度も有給届けを出しても受理されなかったのに、今回は滞ることなく許可が出たのだ。


一体どんな風の吹き回しなのだろう。嫌な予感がする。

だが、折角とれた休暇だ。ゆっくり過ごさせてもらおう。

そう思い、普段よりも少し遅い七時頃に目覚め、時間がないからと細かなところまではできなかった掃除を完璧に終わらせた。

その掃除の間に布団やシーツを洗い、外に干して置いた。

そうして日々の疲れを取ると同時に、やりたいことをやってスッキリしているとドアがノックされる音がした。はーい、とノックした相手へと部屋の中から声を出して反応を返し、スリッパをパタパタと鳴らしながら玄関へと向かい。ドアを開けた。


すると、その先には仲の良い三人組の姿が見え。

胸の前に両手でカチューシャを持った眼鏡の子と、その後ろで申し訳なさそうに視線を泳がす二人の姿を見た瞬間に察した。

――嫌な予感って、これかぁ。と。








時は戻って現在。鼻息を荒くしながら写真を見せたり、自分でポーズを取って指示を出してくる彼女に答えてポーズを変える。

猫耳カチューシャと体のラインが浮き出るジッパー付きのライダースーツ、と言う格好で。

「の、のぅ。本当にこの衣装を着る必要があるのか…?カチューシャだけで十分だと思うのだが…」

「そんなことありませんよ!!猫と言えばしなやかな体、そしてセクスィな体つき!つまり、この衣装とカチューシャをつけることで猫そのものを再現しているのです!!!」

「お、おう…」


何故だろう、マスクもしていないのに彼女の眼鏡が白く染まっている。それほどまでに熱いのか、それとも何か別の理由でそうなっているのか。

そんなことを思いながら、言われる通りにポーズを取っていくのだが、体のラインが浮き出る衣装が恥ずかしい。恐らくではあるが、今自分の顔は真っ赤だろう。心臓の音が凄い聞こえる。

「ヤバイってあれ。完全にスイッチ入っちゃってるじゃん。どうするのこれ」

「私達には何も出来無いわね、彼女の趣味は知っているつもりだったけれど。まさかここまでとは思わなかったわ…」

「それなら彼女を止めぬか!そろそろ泣くぞ!」

「ごめん、無理」

「申し訳ないけど無理ね」

うがぁ!と助けを拒否された二人へと恨めしそうな視線を向けながら唸ると、壁に寄りかかるようにして立っていた二人は視線を逸らした。

助けてくれる人はいない。

神よ、寝ておられるのですか…?

「さぁ!次はこれです!」

「無理!流石に無理だから!これ以上は勘弁して!?ねぇってばぁ――!!!」


あまりにも際どすぎるポーズを進めてきた彼女へと両手を振るい、全力で否定しながら後ろへと下がる。

だが、完全にスイッチが入りきっている彼女は聞き耳を持たず。さらにはじりじりと近づいてきていた。

「さぁ!さぁさぁさぁさぁ!」

「ギニャァァァァァァッ!?」


背景、天国の父さん母さんへ。
友達が結構ヤバめの趣味を持っていたようです。助けて。




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はかたさん (7bo9e9hr)2020/2/22 12:16 (No.35737)
どうあがいても不幸組の御話。現パロ、拙文注意。



雨の日だった。
君が来てから、雨は降り始めた。

大量の水で体は冷え切り水と血が混ざりあい体を伝っていく。折角セットした髪も化粧もとうにぐしゃぐしゃになってしまった。体が上手く動かない。立っているだけで精いっぱいだった。どうにか抵抗はしていたが敵う筈もない。ごぼ、と酸化して赤黒くなった血が口からあふれ出、体が腐っていくのが解る。その血は水と混ざりあうことも無くか細い悲鳴を立てていた。出血をしていない所も形を保てなくなり赤黒く崩れていく。どんどんとその量は増え、小さかった悲鳴ははっきりと聞き取れる大きさになる。分かるよこれは__子供だ、子供達の悲鳴だ。

もう直ぐ死ぬ。

それだけは、”死”という現実が待っていることだけはよく分かった。
嗚呼報いだ。当然の報いだ。仕方がない。もう二度と生まれる事は無いだろうな。其れで良いよ。

「でもね、我が儘を言うならね」

「最期に君の笑顔が見たかったなぁ」


雨がやんだ、気がした。


___



会社から出ると、外は雨が降っていた。突然の事ではあったものの運が良く、というか自分はいつも傘を持っているから慌てることは無かった。ばさ、と傘を広げ歩き出す。今日も残業で一番最後まで残っていた。ずっと此処の処残業続きだけど苦しくは無い。昔は苦しかったかもしれないけど、皆も頑張っているから自分だけ頑張らない、なんて出来ない。自分の処理能力が低いせいで迷惑をかけてしまっている分働かなくてはいけなかった。今日も上司に怒鳴られ同僚からは冷たい言葉を浴びせられた。どれもこれも自分が悪い。自分が使えないから、自分が無能だから、自分がお荷物だから、だから頑張らなくてはいけない。

そんな事をぼーっと考えながら歩いていたらいつの間にか家に付いていた様だ。傘を振り水滴を飛ばす。深夜近い時刻のためすれ違う人は居なかった。そのまま部屋の扉まで足を進める__つもりだった。
ぎょっとしてしまった。人間本当に驚くと声も出ないものだ。鞄と傘を両手でぎゅっと抱き締め後ずさりした。部屋の扉の前に、紫の派手な髪色の男がこちらに背を向け倒れていたのだ。
死....死んでる?どうしようどうしよう、警察?救急車?でもとにかく確認した方が良いんじゃ....でも自分に出来る事なんて、何も....でもこのままじゃ部屋に入れないし....。取り敢えずじりじりとにじり寄った。どうやら息は有り単に眠っているだけの様だ。びしょ濡れだし、このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。遠慮がちに手を伸ばし、男の体を小さくゆする。ん....と呻き瞼が薄く開かれた。

「あ…………あの、大丈夫…ですか?」

そう問えば男は「腹…」と返事をした。腹?お腹?お腹が痛いのか?血は無いから刺された訳ではないんだろうけど。お腹が減っているのかな、....そもそも家は何処なんだろうか。このままほおっておく訳にもいかず、取り敢えず家の中に入れようと男の上半身をあげようとするものの重た過ぎてあげられない。それはそうだろう、仕事しかしてなくろくに動いていないんだから非力でしかない。仕方なく彼に何度も声をかけ立ってもらい、よろよろと支えながら家の中に入った。



ふう、と一息をつく。すっかり男を支えて濡れてしまったスーツの上着をハンガーにかける。取り敢えず風邪をひいてしまうだろうから彼には風呂に入ってもらった。ジャー、と脱衣所の方から水音が聞こえてくる。....そういえば部屋に誰かを入れたのって初めてだなぁ。とぼんやりと考えながら中身の少ない冷蔵庫にあったインスタントの食品をレンジで温める。生活感の無い、必要最低限の物しかない部屋。部屋には住んでいる人のひととなりがあらわれると聞いたことが有る。....その通りだな。何にもない、空っぽなんだ。レンジがピーと音をたてたと同じごろに風呂から上がったのか男が脱衣所から出てきた。にこにこの笑顔を浮かべて。

「いや~助かったよ!ごめんね~お風呂貸してもらって!凄いあったまった!服も貸して貰っちゃってホントにありがとう!ウフフッまさか帰ってる途中に雨に降られてタクシーもつかまんなくてダッシュで帰ったら鍵無いし管理人さんも寝てるしで詰んだ~ッて思ったらいつの間にか寝ちゃってたとはね~ッ!君が来てくれなかったら明日駄目になる所だったよぉ!
ほんっっっっっっと~~~に」

「ありがとうッ!」

がし、と両手を掴まれぺらぺらと捲し立てられた。やばい、どうしよう、まずいぞ。これはもしかしてももしかしなくても彼は__所謂”陽キャ”なんだろう。勢いに気圧されて「…えぇ…へへ、いや…大したことは…」と目線を逸らしおどおどと答えることしか出来なかった。かなり大柄で筋骨隆々、下だけ履いているから自分の貸したTシャツは多分入らなかったんだろう。上半身に入れられているタトゥー、大量のピアス、眩しい程の笑顔。どれも自分とは正反対の人間だ、だからこそ苦手で付き合いにくい。そもそも人よりコミュニケーション能力が劣っている自分にはこういう場合どう対処すべきかなんて全く分からなかった。しかし彼は意に介した様子もなく尚笑い続けている。


「この服明日洗って帰すね!アッそうそう自己紹介がまだだったよねッ?僕は濁濁っていう名前なんだ~!宜しくねッ☆あ、それで恥ずかしい話なんだけど___」

華麗なウインクと共に自己紹介をし、何かを言いかけたが壁にかかっている時計を見た途端彼の「あああああ!!」という大声が響き渡った。今は深夜だからなるべく静かにしてほしい。自分の部屋は突き当りだけど隣の住人に怒られてしまうかもしれない。慌ててあの、と声をかけようとしたらあたふたとした様子で彼がまた喋り出した。

「ごめんねミスミくんッ僕用事があったんだ!忘れてたッ!え~~っとまた来るね!ゴメン!バイバイ!!」
「え、でも鍵」

鍵が無いんじゃ、と言った時には彼はもう駆け出しておりバタンと扉の閉まる音がした。....え?上半身裸で?鍵は?というか服....。暫く呆然としていたがくしゅんとくしゃみが出た。そういえば自分も少し濡れていたんだった。レンジで温めたインスタント食品もそのままだ。風呂に入って、その後御飯でも食べようと脱衣所に向かう。なんだかどっと疲れてしまった。

ピタ、と違和感を感じ足を止める。”違和感を感じなかった”事に”違和感を感じた”。

「あれ、何で........」

「名前、知ってたんだろう。」





ふんふふん、と男の陽気な鼻歌が部屋に響いた。カーテンの付いていない窓の近くに行きベランダに出た。さっきまで降っていた雨はからりとやみ月が空に浮かんでいる。まさか、こんなこと想像もしていなかった。そもそも生まれてくることも、また会えることも。偶然かな、必然かな。やっぱり僕は運命が大好きだ。薄く瞳を開け、悪戯っ子の様な笑みを浮かべる。


「今回は僕と友達になってね___さんかくくん」
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封船さん (7d2uiw0o)2020/2/18 22:42 (No.35564)削除
とある男のひとの話




目覚めは最悪だった。いや、ここ最近毎日最悪なのだけど。頭を持ち上げるどころか、指を動かすことですら難しい。面倒くさい、億劫。そんな気分とは対照的に、窓の外では燦々と太陽が輝いて、蝶が舞って、車や電車が動いて、大人は働き子供は学校へ行く、“いつも通り”の日常を送っていた。
本来であれば、自分はその中にいなくてはならないのだけど。今はその中に入れていない。前の仕事を辞めたのはもう2年ほど前になるだろうか。それ以来、ずっと貯金を切り崩して生活している。でももうそれも底を尽きそうだ。早くあちら側に戻らないと、社会に戻らないと。頭ではどれだけ理解していても身体が動かない。行動に移せない。ただ細かく痙攣して、目を見開いて、震えることしかできない。
……………怖い?ああそうか、多分、いやきっとそうだ。あそこに戻るのが怖い。その感情を理解すると共に、抑えつけていた記憶が溢れてきた。一生懸命考えて作った企画書が破られて投げつけられ、戻ってくるのはただの紙屑と始末書。毎日毎日怒鳴られた。水もかけられた。頭を下げない日なんてなかった。同僚たちは憐れみの目を向けて、“優しさ”からか毎朝自分の机の上に賞味期限切れの食品を置いていった。
それが普通だと思っていた。それが異常だった。それに自分では気づけなかった。


でも、それに気づかせてくれた人がいた。その人はおれの職場での事を知るとすぐに行動を起こし、震えが止まらず食事もまともにとれなかったおれの代わりに退職願を書き、わざわざ頭を下げてそれを出してきてくれた。
なんだかその人とは、それ以前から随分と長く一緒に暮らしていた気がする。______気がする、というのも_____何故か________その人のことは全く思い出せない。名前も、顔も、声も、性別でさえも。でも、その人は確かに居たはずだ。おれの空白の記憶の中に、確かに存在していた。


ああ、何でこんな大切なことを全く思い出せないんだ。
もういい、考えていても仕方ない。ゆっくり考えれるときに考えよう。今おれが、最優先でやるべきことは起きて布団から出ること。倦怠感から眉間に皺を寄せたが、頑張って重たい頭を持ち上げた。




この家はやたらと広い。使っていない部屋が何個もあった。しかし今ではその面積の半分は、中がいっぱいに詰まった段ボール箱で埋まっていた。前々から考えてはいたが、ついにこの街から、メガエラから出ることにしたのだ。この家が一人で暮らすには広すぎるのもあるし、前の職場の人間と街で鉢合わせ、なんて事態は絶対に避けたいという理由もあった。
引っ越し業者が来るのは_____一週間後か。それまでに家具やら、要らない荷物やらを整理しなければいけない。新居に持って行く荷物はなるべく少なくしたかった。

遅めの朝食をとり、皿を洗っていると食器類に目がいった。包装が手間だから後回しにしていたが、これもやらないと。水に濡れた手を適当に服で拭いて選別していく。
ティーセット。そういえば一時期はまっていたことがあったが、もう使わない。捨てよう。
酒瓶。何でこんなところにあるんだ、酔った時に置くべき場所を間違えたか。捨てよう。他には______




「……………………………?」



食器棚の奥の奥のほうから、見慣れないものが姿を現した。



ピンクと黄色のチェックのマグカップ。かなりの年数使われていたのだろうか、取っ手が何カ所か欠けている。普通のマグカップの筈なのに、何故かそれはさっき捨てたティーセットやら酒瓶なんかとは違う_______何かを感じた。

そのピンクと黄色の規則的な正方形の中に、いやその上から黒のインクで何やら文字が書かれていた。


自分とよく似た、丸みを帯びた癖字。その4文字を、無意識のうちに声に出していた。



「………………………ナージャ」



……………………ナージャ?
………………………。
……………………………………………………………。





……………………あぁ、それは____________________






「………………誰だっけ?」







誰のものかわからないモノなんて、きっともう使わない。

捨てよう。






ゴミ袋の中に放り投げた。








陶器が割れる音がした。
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灰凪さん (7daydlpp)2020/2/18 18:18 (No.35546)削除
エディウス過去編:【空の彼方、赫き星】



『いい加減にしろ!!何度言えば金を盗って来て俺に渡すんだ!!!』
『ダメな子ね!あんたみたいな屑を産んだのは一生の恥だわ!!』
聞き慣れた罵詈雑言と共に、慣れない痛みが身体に走る。
「ぅ....ぁ”...や、やめて....とうさ『うるせぇっ!ロクに金も盗って来れねぇガキが俺を“父さん”なんて呼ぶな!!』
爪先が脇腹にめり込む。痛みに悶え、嗚咽を漏らしながら今度は母親に手を伸ばす。
「ぐ....ぅ“...いたぃ...助けて....かあさん....」
すると母親は塵を見るような冷たい眼差しを自分に向けた後、伸ばした手を傘ではたき落とし、その甲をハイヒールで踏み付けた。ズキズキと鋭い痛みが伝わる。それから2時間近く暴言暴力を浴びせた両親は、飽きて来たのか遂には鉄製の棒を持ち出し、自分の頭部を殴った。何発も殴られている内にどんどんと視界が暗くなって行き、そして意識は闇に落ちて行った____
その少年の両親は動かなくなった少年を村外れの荒野へ捨てた。
本当の悲劇はそこから始まった。

『おーい、生きてっかガキンチョ〜?』
聞き覚えのない声が耳に入る。その声の主は少年の頬を優しくぺちぺちと叩き、顔を覗き込む。
少年は意識が戻るや否や身体を縮ませ、怯えた声で懇願する。
「ひっ.....やめて....いじめないで.....言う通りにするから.....お願い...します.....」
『ん?俺ぁおめーを虐めるつもりゃねぇよ、だいじょぶか?」
「ふぇ....ほんと....ですか...?」
『あたぼーよ、ってか傷だらけじゃねぇかおめー...結構痩せてるし...虐待でもあったか?』
何も言えなかった。
何処へ行っても、何をしても罵倒され、暴力を受けるのは日常茶飯事だった自分に、初対面なのに屈託無い笑顔を浮かべ、心配してくれるこの人が眩し過ぎて。
『.....まァ言えねえ事情もあるわな、急に話せっつっても話せねえか...あ、自己紹介まだだったな、俺ァバルハリー、気軽に“バル”とでも呼んでくれや、おめー行く宛無いクチだろ?ウチの孤児院来いよ』
「!?..........っ」
ただ立ち尽くすしかなかった。生まれて初めて優しさを向けられ、言い様の無い喜びと共に涙が込み上げて。
『ヴァウッ!?お、おいどしただいじょぶかお前さん!?何か悪ぃ事言っちまったか!?』
必死に首を横にふるふると振る。
それ以上何も言えなかった。
親からの虐待で、隣人からの暴力で、村の子供達からの虐めで荒み切った少年の心を、男は一夜で解いて行った。


___男の名前は“バルハリー・E・マグナウド”と言い、かの有名なAR・CA・NAの特務魔導士であり、標準魔導士のイヴァンと言う友人と一緒に孤児院を開いているらしい。
怯えながら孤児院に入ると、そこの子供達もバルハリー同様皆優しく、充実した暮らしの中で少年は少しずつ、人の心を手に入れて行った。
ずっと、そんな幸せな日々が続くと思ってた。
否、願ってた____

『う“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”!!』
『足が!足が痛いよおおおおおおおおお!!あぐっ!?う...あ...』
『やめてよバル!!なんでこんな……ッ!?うっ....あ...ぁ...』
正に地獄絵図だった。散歩から戻って来ると、そこにあったのはいつもの孤児院ではなかった。
三年間、ずっと笑い合って過ごしてた彼らが、バルハリーによって次々と殺されていた。
最初に話しかけてくれた兄貴肌の青年は身をずたずたに引き裂かれ。
料理を練習する自分を手伝ってくれた少女は身体の半分を抉り取られ。
泣き喚き、“やめて”と懇願する幼い子らはいとも容易く首を引き千切り投げ捨てられ。
絶叫した。涙を流しながら必死に訴えかけた。だがバルハリーは狂気的な笑みを浮かべたまま虐殺を続ける。
機械的な、刃のような翼が、次々と家族の命を攫って行った。
そしてその凶刃が自分の方を向き、後少しで殺されると言う所で、バルハリーは頭を抱えて呻き始めた。
その呻きは途切れ途切れだったが、間違いなく“殺せ”と言っていた。
「殺...せないよ...僕には....」
『いいから........はやく........ごしんよ.....に.......ナイフ....持たせ...てただろ....がっ....あああっ........』
確かにナイフは持っていた。それ所か既に手に握っていた。
だがそれ以上の勇気は出せなかった。
少しずつ、止まっていた刃がまた自分目掛け進み、死が近付くのを感じる。
遂に刃が触れた、と言う所で視界の両脇から黒い棘?のような物が出現し、バルハリーを捕らえた。
コツコツと、ブーツの音が響く。
振り替えると、そこにはバルハリーの親友、イヴァンの姿があった。
『許せ.........』
彼は涙を流しながら一つ呟くと、バルハリーの心臓部を黒い刃で突き刺した。
『あ...りがと....よ........』
次の瞬間、絶叫が響いた。
それが自分の声だとは思いもしなかった。
三年間、孤児院で過ごした日々の記憶が濁流のように押し寄せる。
目の前で殺された家族の笑顔が、殺したバルハリーの笑顔がフラッシュバックする。
何度も。何度も。



____それから、イヴァンに色々な話を聞いた。
バルハリーの魔導兵装の対価の事。
自分の本名が“エディウス・E・ジルバット”で、バルハリーは自分が生まれる前に家出した実の兄だった事。
その話を聞いた時、再び涙が溢れた。
夜通し泣き続けた。
そして日が出る頃にはもう涙も枯れて。
その時点でそれまでの“エディウス”は死んだ。
一人称は“僕”で、弱くて、へにゃっとした女らしい笑みが特徴だった彼は。
命の恩人であり、誰よりも慕い、尊敬していたバルハリーを模すようになった。
運命は狂い始めた。
否、元から狂っていたのかもしれない。


そして時が経ち、AR・CA・NAの第lll地区に二期生として配属された彼の手には......






____青銀の機械的な刀が握られていた。




「あなたは今、何処を翔んでるのかな.....バル.......」




これは第2の狂星の記憶であり、最初の凶星への鎮魂歌。
この果てしない空の彼方、天を裂き翔ける赫き星から始まる、災禍の輪廻のほんの1ピース。
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Phoebeさん (7e42tf05)2020/2/15 01:26 (No.35317)削除
【凪の海の渡し守 不明の記録】


わたしだ いまは七ノ月 二十 いや、いや違う あー、多分ちがうんだ


でも七ノ月だ


時刻は二時八十 は、八十、九、分


〔10秒ほどの沈黙〕


い、いやだ!違う違う違う違う違う! ありえない あ、ありえんに決まってる こんなデタラメに曲がる時計があるか!あってたまるか!


〔小さく鐘が鳴り響く〕
〔不明な音〕


クソッ!クソッ!あ、あっちいけ!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!針が、繰り言を吐くか!


〔何かが割れる音〕


〔20秒程の沈黙〕


わからない


もうわたしが誰かもわからない


ああ、こわいんだ わたしの忘却はすなわち存在の否定


だれも だれもしらないんだ


ああ来る!またあのイカレ野郎ども!
くろいくろい喪服を着てわたしを連れ去ろうとするんだ あんな、空虚な棺を持ってわたしを迎えに来るんだ!


カモメに毒された狂人どもめ!その穢れた影を連れて歩くな!


やめろ!その薄汚いくちばしをみせるな!


笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな笑うな!


〔『Amazing grace』を合唱する声が近づく〕

〔数多の足音が近づく〕


ああ、ああ!いやだ!わたしの心を啄むな!貪るな!咀嚼するな!
触れるな触れるな触れるな触れるな触れるな!


ああ、神よ!我が王よ!どうしてわたしを見捨てたのですか!背いてなどいません!ああ、どうかどうかどうかどうか!私にもう一度祈ることをお許しください!


縺ェ縺懊□縺ェ縺懊□縺ェ縺懊□?∫ァ√r螂ェ繧上↑縺?〒縺上l?∫ァ√r螢翫&縺ェ縺?〒縺上l?∫ァ√r蜷ヲ螳壹@縺ェ縺?〒縺上l?√≠縺ゅ>繧?□縺?d縺?縺?d縺??


〔激しく歪んだノイズと共に1時間沈黙〕


【クジラの歌は幾万の夕暮れチャイム!
いいですか?そのニヒ的賛美歌には幾億の毒素が!
海を聴いて!貴方の逆巻の道はしっちゃかめっちゃかに舗装されているの!
見て!幾千のパラドックスが!シャーデンフロイデが!あなたの手を取って優しく引きちぎるの!
あなたはそれを賛美して自分の足首を積み上げるわ!
そして無い足を動かして私たちを導くの、そう!棺の中から引きちぎられたふたつの手が顔を覗かせ、海を歩く大罪人たちの善行を数えるわ!
ああなんて素敵!無数の私たちが罪を捨てて終末の街を練り歩く、まるで群れをなす言葉のように!
こっちに来て!あっち行って!
あなたを楽園へ誘う門番は、イモムシの足で吐瀉物に乗り、あなたの影を殺し食らうわ!
わたし達は終われるの!4分の3が狂喜して自分の耳を積み上げ、3分の1が救済を賛美して自分の皮を剥ぎ、残りがどこへも行かない門へ首を切りながら駆けるわ!
足取りに迷いなし、行く末に光なし!
足取りに迷いなし、行く末に光なし!
足取りに迷いなし、行く末に光なし!
賛美せよ!唾棄せよ!崇めよ!破壊せよ!
ああ我らは救えぬ者!終わりを赦されない救えぬ者!
我らの先導者よ、道を示したまえ!】


ああ、汝ら罪人よ!我が光に続け!正しき道を示し、救いを与えよう!
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Phoebeさん (7e42tf05)2020/2/11 00:28 (No.35097)削除
【ある夜の話】


『これは、ある王国のお話....
その王国では昔からこんな説教がありました。

【7つの月と太陽が楽園の門番に共鳴して現れました。その門番は声にならない悲鳴をあげ、ないものに縋っていました。

翼は自己嫌悪。門番はいずれ訪れる運命を知ってしまい絶望した。そして最後には崩れ落ちた羽をつまみ上げてはそれを食べ、自分の愚かさに気づき吐き出してしまうようになった。
目は自己矛盾。門番は目に映る人々の笑顔を妬み、羨み、それを守ろうと、奪おうと考える自分が嫌になった。そして最後には目を潰し耳を削ぎ、夢ばかり見るようになった。
骨は自己否定。門番は自分の過ちをいつまでも責め続けた。そして、それは自分を構成するものにも関わらず、自分ではないと否定し続けた。そして最後には骨を折り、自壊してしまった。

王様はこれを見て、民に言いました。
「よく見なさい。これが自分の書いた戯曲に忘れられ、卓の上に置き去りにされた哀れな人形です。幕間に籠るばかりで、再演には出られず、閉幕すら見ることを許されない人形です。
よく聞きなさい。誰でもその道の後ろを振り返る者は道がそのとおりに続くと信じ込むのです」
民は門番の亡骸を森に埋葬すると、そこへは近づかなくなりました。今もなお、門番の後継者がその亡骸を背負っているとか....】

おや、寝てしまいましたか....せっかくぴったりの話だったのに...まぁ、寝かせるために読んだんだから仕方ないですね。さて、私も寝ましょうか....

おやすみ、リーゼ』
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はかたさん (7bo9e9hr)2020/2/8 13:02 (No.34930)削除
【貴方がもしルールを破った場合】






此処は子供の楽園。
辛い事、苦しい事、悲しい事なんて何にもない。
そう彼も言っている通り楽しい事で溢れている。

【自分を誰か忘れない事】【他のお友達を傷付けない事】
このルール、特に2つ目を守りさえすれば
何をやったって怒る人は居ない。
あれしろこれしろと口うるさく言ってくる人間も居ない。
最高の楽園、天国だ。



ブブーッ、と轟音がつんざく。
愉快に動いていたアトラクションの電気の落ちる音がする。
空に浮かんでいた風船は爆ぜ翼が枯れたユニコーン達は悲痛な叫び声をあげ落下する。
空が、空間が黒く染まっていく。
子供達は動作を止め批判するように真っ黒な双眸で貴方を凝視していた。
アトラクションは錆て朽ち、ぬいぐるみはぼろぼろになっていく。
さながら廃業となった遊園地のようだ。
あの楽し気な楽園は何処に行ったの?
気付けば貴方は”元の姿”に戻っていた。



『あ~~あぁ』

彼は平和が大好きなのだ。

『最初に言ったよね???』

勿論君を傷付けたりしない。

『破っても許されるのは1つ目だけだよ』

だから君も誰も傷付けてはいけない。

『可哀想に』

それは楽園に居る為のルール。

『でも君が悪いんだよ??』

そう、慈悲は無い。

『そろそろかな』

悪いのはルールを破った貴方だから。

『こんなこと僕だってしたくないさ』


君は此処に居てはいけない。
君は此処に居る事は出来ない。
もう楽園に居るべきではない。
排除だ。排除しろ。排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除

重力に逆らって朽ちた残骸が空に上がっていく。
子供達も空に上がっていく。
楽しいね、楽しいな。
こうなったのは、ぜんぶきみのせい。




『地獄の始まり始まり~~☆☆☆』
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ノドンさん (7ettlp20)2020/2/4 23:42 (No.34699)削除
今回のお話は、アルタミラ調査後、タラッタがある魔術師の為に再びアルタミラにやってきたお話です




強者どもが夢の跡…いつかの魔導士達による調査という名の戦いの後、夜闇に包まれ、静寂だけが残った学術都市アルタミラ。そんな魔物すらも立ち入らなくなった奥地を動く一つの影があった。その女は、神妙な面持ちで寒冷の時期にも関わらず、身体のラインが透けてみえるような布一枚を纏い、蒼白の髪をたなびかせている。その正体は、「海」の名を冠する魔術師の女。その足音は常に水を滴らせているかのようにしっとりとしていて、静寂を崩す事もない。やがてその足を止める時、たどり着いたその場所には、既に乾いた血溜まりに横たわる一人の男の亡骸であった

「こうも呆気ないのでありんすねぇ……、あの筋肉バカがここまで黙り転けてしまうたぁ……らしくもねぇざんしょ……。」

──ヤマト・ディストロイア。目の前に転がる亡骸の名前。この一帯を根城にしていたこの男とは、タラッタ自身がアルタミラに訪れた際に度々顔を合わせる事もあり、魔術師としてまだ若かった彼とは、度々歳の事や、放った魔物を半分以上狩り尽くされたり等の理由で取っ組み合いの喧嘩をしたり、その魔術師らしくない良くも悪くも「真っ直ぐ」な姿勢に呆れさせられたりもした。そんな彼奴が死んだ。先の魔導士達による調査の際の戦闘で、恐らくは何者かに討たれたのであろう。穴だらけの亡骸を眺めながら、思い詰めたような表情を浮かべ、彼の表情を覗き込む)「おたくは……この結末で満足だったんでありんすかねぇ……?テメェがいってしまった以上、誰にもわかんねえ事なんじゃがね……。」

まさかこの男が敗れるとは思ってもいなかった。彼の事は嫌いだが、彼の強さには太鼓判を押したい程である。しかし、自身がアルタミラに魔物の回収もとい戦果確認に訪れた際、何時もは感じるはずのピリピリした気配が感じなかった事から、薄々気付いていた様な気がした。この地に放った魔物の殆どは魔導士によって狩り尽くされ、いくつかの遺物が持ち出されていた事を考えると。先の戦いがどれほど熾烈なものであったのかはわかっていた。
その今際、最期の一瞬に彼は何を思ったのだろうか。彼がもう居なくなってしまった以上、それはもう誰にもわからない。穴だらけになり、凄惨な闘いを物語る遺体を仰向けに転がすと、その力無く垂れる腕を彼自身の胸に置き、彼の最後の表情を眺める

「けれど、その顔……結構良い顔をしてるではないか……。そんなに汝の求める者に巡り逢えたというのか……?先に向こうで待っているがいい。その間に、汝の大好きだった鍛錬に勤しむのもいいが……たまには休め…。旅立ってまで鍛錬に励む魂など、聞いた試しがないからな……。」

「妾もいずれ汝の所へ往く……。それまでに、妾は妾なりに、妾の望むものを見るために足掻いてみせるさ……。人の子をより強く…、その未来への礎となる為にな……!妾からはこれを捧げよう……。これはどこか遠くへ旅立つ、穢れ無きその魂への手向け。」

「─さらば、ヤマト・ディストロイア……。─さらば、力と意志の賢者……!」

最後に見た彼の、その最期の表情は、不敵にも笑っていた。彼らしいと思いを馳せつつ、自らの魔力を用いて、花を生み出すと、仰向けに眠る彼の胸にそれを供える。その花の名は「ハマユウ」。自身より先に去りゆく同胞はこの千年の間に幾千と目の当たりにしてきた。その一人に加わってしまった彼に、せめてもの手向けを捧げると。そのまま踵を返して、振り返る事なくその場を後にした。跡に残ったのは、己の闘争に全てを捧げた男の生き様と、遺跡を吹き抜ける風に揺れる一輪の花であった。
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エシラさん (7ekwsfzb)2020/1/29 18:01 (No.34286)
過去の話をしよう。
彼女の生まれは普通では無い。
誕生の仕方からして奇跡と異常が混じっている事象であった。

「先生!このままではこの子が…!」

病院の一室にて複数の医者が今にも息絶えそうな赤子を助ける為に尽力していた。
然し上手くは行かない。
一人の医者が焦燥を込めた発言を行なった。

「やはり高濃度の魔力は我々人類の手には負えないのか…」

諦めを悟った声で呟いた。
皆が手に負えないと思っていたその時―――

「なっ…!」

手術室に一人の男性医師が入室して来た。
医師が皆、愕然とした様子で入室者を見つめる。
呆気にとられて一人が声を上げた。

「諦めるなんて情けないね、その程度の信念しか持ち合わせていなかったのかな?」

嘲笑し、貶めの発言を入って来た医師は行なった。

「最後まで諦めずに医療に徹するのが、医者の鑑だよ」

出来ないからと言って放棄するのはどうかしている。
必死になって方法を考え、最後まで手術を行なうのが鉄則だろうと男は語った。

「ドクターYY…!」

ドクターYY(ダブルワイ)、それが男の異名だ。
フリーランスに徹し、一匹狼であり続ける医師である。

「ここからは俺がやってやるぜ」

闖入して来た一人の医者により本来不可能であった一人の赤子を救済する手術は成功に終わった。
それだけなら"奇跡"だけで済んだ。
然し、運命の悪戯だろうか?"異常"な現象が発生してしまった。

「何だ!?」

諦めを悟っていた一人の意思が驚愕の声を上げた。
手術を終え、生命を繋ぎとめられた小さな命。
救われた赤子が今、医師たちの目の前で"急激な成長"を行なっていた。
それによって肉体年齢が上昇して行っている。
ありえない現象だ。
生まれたばかりの赤ん坊が0歳から3歳程の年齢へと大きくなるなんて、人間とは思えなかった。

「お父様…貴方は…お父様ですか…?」

一人を除き皆が恐慌状態に陥っていた。
怪奇現象を括目してしまい、震えて何をすればいいのか分からなくなっている。

「俺は父では無いぜ」

「わたしのお父様と…お母様は…何処に…居ますか…?」

「母は"もう居ない"が父ならあっちに居るよ、俺が連れて行ってやる」

ドクターYYのみが平然と会話を行なっていた。
自身の両親は何処に居ますかと、一瞬にして幾つもの知能を得た見目麗しくなる前途を待つ女の子相手に素直な返答を行なった。
その後、両手でその子を抱えると手術室を後にした。
他の医師達はその一部始終を見ている事しか出来なかった。
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月鳴さん (7biw6o6c)2020/1/28 13:20 (No.34232)削除
あれ……? もう1月が終わる……? 旧正月すら過ぎている??
そんなこたぁ知らん!! わたしはこれを書き上げたかったんだ。
ってわけでゼファかれが年越しする掌編です。4700文字弱とかいう今までで一番長い話だ!

https://privatter.net/p/5431298
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シャンレイさん (7dyi0kyo)2020/1/28 02:48 (No.34222)
エルノリアの行動紀『魔物と少女』

 今に至るまでの話をしよう。

 魔物を仕留めた。当たり前だ、魔導士だから。

 しかし、人間はただ守り守られなんてものではない。危険物を取り扱いたくなるのも世の中だ。

 魔物を飼っていたという少女は叫ぶ。メリー!メリー!と。

 少女の叫びに、魔物が反応して出てくる。

「下郎がやることか、随分だな」

 ヴェノムロイヤー以外は武器を持ってはいない、話して早々命運尽きる。と思っていたんだが…

 銃弾が頬を掠って、目の前の魔物を始末した。銃弾の方を見てみれば、紳士服の奴が手招きしてる。

 招待に預かることにした。

「君は…魔導士君かな?その服は」

「なんで分かるんだ?ギリギリ100も居ない職業が分かるだなんて」

 紳士服の奴はそう聞いた。だから答えてみた。

「それは君、魔物を倒せるのはヴェノムロイヤー以外無いだろう?」

 それはさっき仕留めたやつの言葉か。言い返す。

「じゃあなんでお前は倒せた?」

 紳士は、はにかむ。
「なんでだろうね、銃弾の種類によっては魔術師ではないから倒せるかもね?」

「…その銃の性能ではないのか。いやに金色で強調してるそれ」

 指で相手が置いた銃を指す。

「おいおい、銃だったら空気抵抗って知ってるだろ?弾の方が重要だったりするんだ。
 私が使った弾はマチョガウチョという。球が二つあって、それが連結してる弾だよ。貫通力は折り紙付きさ」

 弾を見せられる。言った通りの形をしている。珠二つが金属の線で連結してる弾だ。

「魔術で防御性能を上げるというが、それはある意味バリアみたいなものだ。
 衝撃吸収に近い性能をしてるだろ?なら一撃が二撃あればいい。一回目で割れ目を作って、二回目で割る。
 これを言うのは2回目だが、魔術師じゃないんだ。通る時は通るのさ」

 紳士は得意げにしてコーヒーを飲んでいる。飲んだ後、気付いたのかこちらにもブラックをよこす。

「渡すの忘れてたよ。飲んでくれ」

「…今更で悪いが、お前の名前を聞いていいか?」

「ああ、私の名前か。私はモーク・レイティアと言う。君は?」

「俺はエルノリア・サザンクロス・ロード。よろしく、モークさん」

「よろしく、エルノリア君」

 自己紹介が終わったあと、さて…と本題を言いたげなモーク。

「私があそこに居た意味を話そうか。基本魔導士でも好き好んで近づかないだろう?」

 そういえばそうだ、魔力溜まりに一人で行くの自殺行為に等しいし、何より一般人が居るのが不可解だ。

「あそこが魔力溜まりなのは知っての通りだ。しかし、あそこにはある一族がいる。
 魔術系統に属する奴は地球のルール、つまりその大元である『根源』に辿り着こうとする奴がいる。それが知りたい奴は、例え一般人だろうと無茶な事をするものだ。
 あそこはそう言う奴らの場所でね。危険だし本体達を殺した後はとんずらするつもりだったんだが、一人逃してね。それが聞いた悲鳴を上げた少女だ。
 君も居たけど分が悪くてね、一回引いて私の家に来たわけだ」

 モークはやってたことを大まかに語った。どうやら、一般人にできる範囲で危険を排除しようとしたらしい。

「戦えるの私しか居なかったからね、近くには。しかし…ここからが問題だ。
 少女は居場所に戻って親族の死体を見て暴走する。そしたらまともじゃない方法で襲い掛かって来るだろう。悪いが、協力して貰えると助かるな」

 まっすぐな目でモークが見る。こう言う状態なら強力して守るのが仕事だ。乗ることにした。

「分かった。出来る限りやろう。よろしく頼みます、モークさん」

「ああ、よろしく。エルノリア君」

 二人がこれから動き出す。ちょっとした小咄を…少し長かったかな。

 また今度にしよう。
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ぽぺっかさん (7e5cor2b)2020/1/27 22:47 (No.34207)削除
憐れな『魔術師』の小話。



気付けば、暗闇の中に立ち尽くしていた。


無彩の深淵の中、色があるのは私の身体のみで。

地面に足をつけているのか、それとも壁か、天井か。

手を伸ばした一寸先が暗黒、左腕の白が吸われる。

双子の円、不安の色はなく、寧ろ安堵に染まっていた。

吐息が黒に溶ける、ゆっくりと瞼を閉ざせばそこは静寂。


……此処はどこだろう、今はどの時間を綱渡っているのだろう。

空の記憶の引き出しに、散らかった欠片をゆっくりと片付けていく。

そう、確か―――


割れ物を取り出すようにゆっくりと、両の瞳を開ければ、揺れる鏡が敷かれていた。

水泡を浮遊させたその麗しの湖畔には、色だけでなく淡く光も灯していて。

綺麗、だけれどこんなに眩しくはなかった。

違和感を察知する脳裏、それを擽る景色、視線を上げれば、その景色は霞みがかっていた。

空からは恵みが射し込む、けれどそれも遮られていたような。

そうやって、キャンバスを塗り替える。

着実に、自分が思い描く記憶の正解へ。

ピントの合わぬフィルターを通した世界、色を取り戻した桃源郷が織り成されていく。


―――静止画の中の荒んだ動画、気分はどうだ???


敢えて言うならば、『良』だろうか。


既視感を彷彿とさせるその光景に、私らしくないがうっとりと見惚れる。

しかし、どこか虚しい、これだけでは足りない。

チカリ、視界が捉えたのは砂金。

灰の霧が碧へと変わり、ぶわりと向かい風が髪を揺らす。

鳥の囀りに聞き入り、一面黄金の小麦畑を見るような、懐かしさを漂わせて。


そうやって、重ね合わせの静止画に、今度は音が帰ってくる。

風が押される笛の音、ざわめく水面の囁き。

それでもまだ、どこか朧気。

未だ色を取り戻さぬ右腕が、風の元を手繰り寄せる。

求めるのは、そう、例えるなら…


……………………。




『――――――!!!』






「………ぁ、れ???」



何か、聞こえた気がしたのに。

気付けば私は何処かに腰掛けていて、人気のない荒野で一人。

人目から隠された、あの神秘の情景とはまるで別物のキャンバスが視界を埋める。

視線を下げれば、手繰り寄せていた右腕にはしっかりと肌色が戻っていた。

今のは、白昼夢???


仮面の魔術師と出会った後、それはちゃんと覚えている。

彼との時間が存在することは、掛けられた己のローブと帽子がそれを物語っている。

…………嗚呼、あの人は???


魔導兵装ごと吹き飛ばされた時のあの傷も何も残っていない、感じた痛みは、幻だったのだろうか。

身を撫ぜる風、嚔を一つ。

御守りを失った右腕、よく見れば、何か握っていて。


それは黒い布切れ。

乱雑に、力任せに千切ったのだろうか、繊維までボロボロで。

数ヶ所に潜んで滲んだそれは、鮮血の色だろうか。

そう、これは、これは。



「いた、居たよ…………」



…………嗚呼、ちゃんと。

ヤマト・ディストロイア。

貴方だ、これが貴方の証拠だ。

あの光景は、あの言葉は、ちゃんとあったんだ。


右には黒を、左には白を。

『俺の元に再び立て』と、その言葉を脳内反芻。

私が強くなるその日は、いつになるか分からないけれど。

それでも、『約束』を守ろうと、自分なりの決意を。

やくそく、みっつ。



「…………ッッ???」



支部へと、『ただいま』の合い紋を紡ぐ為に足を踏み出した時。

背中を押した風が、何か言っていたような気がしたけれど。



「…………気のせい、なのかな。」



一瞬、風上に………貴方が居た方角に、蒼の瞳を向けるけれど。

黒を擦りながら、私はもう踵を返さずに背を向けた。


…………幾らか迷いの晴れた、その双眼。

それが、歯が立たぬ報告書によって、今度は何色に塗れるのか。

――無知は憐れとは、よく言ったもので。
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シャンレイさん (7dyi0kyo)2020/1/27 02:37 (No.34171)
リーンの昔話

「俺の昔話か…思うように話をさせてくれるかい?…ああ、ありがとう。そうだな、俺は中級階流の人間だ。貧乏な奴は人の暖かさを知り、金持ちは豊かさに感謝し、何かに没頭して大成する。
それがないのが中級階流だ。人を憎んで争い、大事にするべき子供もただの競争道具でしかない。俺だって競走馬だったんだ。元はな。

では、一応テーマを決めよう。俺がもはや勝ち組に等しい魔導士に入っても浮かない顔をしているのは何故かって?そりゃあ、周りとの埋められない差をつけて、馬鹿げた競争から逃げるためだよ。
特級魔術師や本部魔術師が学園であれこれ偉そうに話をするのは、それはもう部下を育てる事だから当たり前だ。

しかし、全部夢物語だ。
正直言えば既に決まった役職がいて、特級だなんだに上がれるなんて嘘っぱち。そう言うのはおぼっちゃま上がりのクソ野郎どもが溜まる場所だ。
だから綺麗事だって話せるし。さっさと死んでくれた方がいいな。ほら、一応動き止めたらさっさと嵐の壁の中にでも放り投げたらいい。

実際、唱えられた綺麗事が助力になって自身の能力と理想の軋轢がひどくなって死んだやつがいた。体格は良い女だったぜ。グラマラスだ。
そいつは軋轢が原因で自殺した。中級階流ってそういうところだって言ったから分かるだろうが、そもそも魔導士になれるのも奇跡に近い。
なれないのが当たり前だが、前述の暗示に親の期待と子供の期待心だ、そこが当たり前と思わず「自分なら」と思ってしまうのが筋だ。

女を止めようとしなかったのか?したさ、何回もな。
でもそういうのを止めるのは居ない。拒絶しつつ向こうから一方的に抱いてくるのを待つ【メンヘラ】というものだ。説得するのが凡才だろうが天才だろうが『何が分かる!』の一点張り。
上の奴はメンヘラ量産機でもあるわけだ、はた迷惑だな?しかしこれは魔導士であれば誰でも起こりうる事だ。成功談は人を狂わせる。俺も気をつけないとな。

その後は止めようと思っても止めれない。無理矢理掴んで引き寄せようとしたら一緒に川に落ちたんだ。川の浅いところの打ち上げられた俺は良かったが、衝撃で気絶した上第3区の範囲ギリギリまで流されて、その間に窒息死したんだ、その女。
水死体って意外と柔らかいんだ…ドキッとしたよ。

長くなったがこれがいっつも浮かない顔をしている一応の理由だ。魔導士になってからあいつの事は思い出すし、自身の成功談語ってまた死人増やすのも避けたい。だから、魔導士でも幸せそうな顔はしないんだ。

これで俺の一部は話終えた。さて…帰る前に一つ飲んでいけ。

紅茶だ、美味しいぞ」
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酢飯さん (7bfk0nty)2020/1/25 23:00 (No.34077)削除
────それは、いつかの記録、いつか誰かが見た記憶。

酷く面倒で、使い勝手が悪くて、対価に至っては悪辣の一言しか出てこない。

けれど。その一撃だけは確実に、何者をも葬りうる事は疑いようがない、そんな、魔導兵装が穿った、途方もない一撃と、それを扱う少女の話。










開けた、岩肌ばかりが視界に入る緑なき大地。
そんな、虚しい大地に、数名の人物と一体の怪物が存在していた。

八つの頭が伸び生えた、ブクブクと泡立つ漆黒の塊。
頭はヒトの顔のような形状ながら、その口からは蠢く牙が生え並び、充血し、絶えずグルグルと動き回る眼球からは奇っ怪な光線を放ち、地表を抉っている。
応戦する数名の人物は、その手に各々の武器を持ち、殺されてこそ居ないが……防戦一方の様子で、壊滅するのも時間の問題であろう。

そこから少し離れた位置で、会話する人が二名。

「隊長、用意終わりました。」

「……ん。邪魔だからさっさと下がる様言っとけ。」

「……はい。」

さして特徴のない黒髪に黒目の平凡な人物……つまり、僕と、僕が隊長と呼ぶ人物。

雪の様なのに、何処までも冷たい白色の髪を雑に伸ばしており、見るだけでもなぜだか正気を削られる、蠢くような、何よりも不気味な黒い瞳。
マネキンかなにかと思える程の無機質な白い肌と、少し注視すれば違和感を覚える程に、左右不釣り合いな肉体。
何処までも虚無と無関心が広がる表情の上からでも美形と思える整った顔立ちは、他の要素が全てを打ち消して、不気味さを増幅させる要因にしかなり得ない。

「各員通達、隊長の用意が完了しました。a地点を通るように、即時離脱を。」

「ん、ぅぁ……」

そんな彼女が、コレから眼前に広がる化け物を倒すなど、想像できるようで、想像できない。
既に此方の事など思考の隅にも無いようで、ただただ欠伸を零していた。
命懸けで時間稼ぎを働いた皆が撤退する中で、躊躇いもなく欠伸を零す彼女に、憤りを覚えた事も有るけれど、今は何を言っても意味を成さないと理解して、何も言っていない。
皆も、そうだ。前からいるらしい人も、前は居なかった人も、皆、隊長に何も言わない。


『我が声を、我が贄を以て、無限の混沌より這い出でよ。
狂気の断片。終焉の一欠片。』


──そうして、彼女の詠唱が、始まった。
タイミングは、完璧だった。

化け物が、この魔導の範囲内に侵入する、ほぼ同時の瞬間。
そして、発動する瞬間には、隊の皆が範囲外から出るのに間に合うであろう開始時間。

気味が悪い程に正確なタイミングで、紡がれた声音は、酷く気持ち悪い。


『怠惰に安寧を、傲慢を振り翳す幸福なる愚者達に向けて、今。』


脳髄を直接掻き回されるような、生きているまま殺されているような、果てのない暗闇に、全てを呑み込まれている様な、そんな、何処までも聞くもののあらゆるを混沌に陥れる破滅の詩。
語り部をも何れ終へと貶める、混沌への序章曲。


『恐怖と絶望を齎し、常世に深淵を映し給え。』


その詩の結末は、たった一つ。即ち──


『終焉の神々よ──』




────逃れられぬ、絶対の破滅である。












[uyq@b;f!?]

──セカイが、変わった。

ソレを感知したのであろう化け物が、終焉の檻の中で手遅れな悲鳴を上げた。
何度も見ている僕からしても、この光景は、いつ見ても気が狂いそうになって、何もかもを口から吐き出しそうになる。

それほど迄の、隔絶されたナニカ。
セカイを隔て、終を呼び込む無色透明の異界があって尚、外界を冒す超常の一撃、その前触れ。

灰雲に覆われ、混沌としていた空模様は既に亡く、ただただ何も介在しない虚無の蒼空が広がっている。
結界内であるという事実を踏まえても、濃すぎる魔力の気配は、かの異界から漏れだしたもので、濃すぎるソレらは適性者であっても、身体に物理的な重圧を感じる程で。
絶えず揺れ続ける空気は、既に吐き気を催すモノへ成り果てた。



[2x@:.u2x@:.u2x@:.u#####!!!]

そんな世界で、化け物が悲鳴を上げた。
意味も無いのに、何度も何度も異界を創る壁を穿ち続ける。

ズラリと伸びる牙の群れは、バキリと根元から折れていく。
体躯を活かした突撃は、振動一つも起こせない。
眼球から放たれた光線は、壁に当たって虚しく消える。

何をしても意味が無い。続けていても変化もない。空気の一つも許せない。呼吸の一つ許されない。感じていた、魔力の鼓動すらも桁違い。
そして漸く理解する────『既に、お前が覇を謡えるセカイは消え去った』と────



────そして、終焉が始まる。



"ソレ"は、緩やかに降ってきた。
視界の橋にすら入れるのもおぞましい、"純黒の光"。

異界を、上空から染め上げる破滅の光。
中のモノを残らず無へと返す、終焉の波。
外のモノへ絶望と恐怖をまき散らす、狂気のセカイ。

緩やかに、ただ緩やかに降ってくるソレは、そこに漂う空気を呑み込んで、そこに巣食う濃密な魔力を呑み込んで、そこにある時間を呑み込んで、そこにある何もかもを無に帰す為に、堕ち続ける。


[…………]


悲鳴は止んだ。
あの化け物は、完全に折れていた。
抵抗の余地も、無様に泣き喚く余念も、原始の本能、魂の奥深くに刻み込まれた生への執着すらも覚えさせない、絶対的な死、絶対的な終わりの前に。

ただ、光が降り終わるのを待つしかない。
起こりえないと断言出来る奇跡を、震える事すら出来ずに待つしかない。

近付くに連れて、現世が軋む。
絶えず漏れ続ける魔力が、セカイを強く揺らし、その揺れに身体が悲鳴を上げている。弱い者なら壊されそうな程に、軋んでいる。
自身に向けられても居ないのに、そこにあるだけで死の恐怖を感じる。気が狂いそうになるような、濃密な死と狂気の気配。
大地は揺れ、空気は暴れ、空は裂け、生ある者は怯え慄く。

そんな、見慣れた、慣れないセカイの中で、皆が倒れかけていた。
吐きそうと感じて、呼吸が苦しくなって、余りにあんまりな狂気と死に目を逸らしたくなるだけの僕は、マシな方だ。
中には、恥も外聞も無く胃の中をぶちまけている人も、目の焦点が合わず、絶えず何事かを呟く者も、身体を抱いて震え蹲り、恐怖から目を逸らす者もいる。
結界内と敵地であるのに、周りへの警戒なんて考慮にない。"残せない"。
ソレ程の終わりが、目の前で繰り広げられている。

そんな中で、いつもと変わらず欠伸なんかを零すのは、我らが隊長サマ──『Thiluichuys・Elurhyvyantae(シルィーフィス・エルリヴィアンテ)』だけだった。


[a──────]

ようやく、断末魔を上げようかとその瞬間すらも待たず、光はかの化け物を呑み込んだ。

化け物が、飲み込まれてどうなったかなんて分からない。
消し飛ばされたのかもしれないし、砕かれたのかもしれないし切り刻まれたのかもしれないし、潰されたのかもしれない。

けれど────確実に、一つだけ、決定していることがある。
この終わりを前に、滅ばないモノは居ない。



────故に、かの化け物は死んだ。


それだけが、確かな事だった。












「終わり。帰るから早くしてくんないかな。マジでなんなの?そんなに疲れる程じゃないでしょ、今の相手。」

たっぷりと、数十分か、数分か、或いは、数秒か。
時間の感覚すらも狂わされる異界の光景が止んで、隊長様は直ぐに言い放つ。

返答を聞いている様子でも無く、いつの間にかその手に戻っていた魔導兵装、漆黒の針をしまいながら、歩き出していた。

狂気に充てられて蹲った隊員の間を歩く彼女の光景は、酷く、いつも通りだった。






我等が隊長、『Thiluichuys・Elurhyvyantae(シルィーフィス・エルリヴィアンテ)』とは、そういう人物だった。
何もを気にせず、何をもどうでもいいと切り捨てて、自身が使われる事を良しとする──

今も、その腕が人でなく、触手のようになっているというのに、呑気に欠伸をしていて、途方もないセカイと対価を前に何も思わず、自らの魔導兵装の光景を見て倒れ伏す隊員をどうとも思わない。

そんな隊長が、僕は、嫌いだが、その実力だけは信頼していた。




────『元八番隊パラドスィ小隊所属の青年の記憶。』
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黒助さん (7c2y42x5)2020/1/19 19:34 (No.33678)削除
今日も今日とて、当たって砕ける。









「ほら!早く行きなさいよ!」


「今日こそいくって決めたんでしょ!なら行かなきゃ!」


「そうですよ!今行かなきゃ引きずってでも行きますからね!


「あァもう!そう急かすな!分かっておるわ!…でも、もしかしたら忙しいかもしれぬし、また後日に――」


「あんたそれこの一週間で何回目よ!そろそろキレるわよ!?」


「もうキレてると思うのじゃが!?」


日曜日の午後、昼下がり。冷たい風が吹き抜けて、昼日を夕日へ誘う時間。


長く広い廊下の片隅、曲がり角の少し前で言い合う四人の女性がいた。


いや、詳しく言えば三人と一人の女性が言い合っていた。という方が正しいだろう。


その三人はそれぞれ違う部署で働く親友同士、そしてもう一人は支部内の女子で集まる料理教室の常連。



――普段はぐいぐい行く筈の、リオン・グリストフその人だった。



今日のこの時間に、同じ料理教室に通うメンバーが揃った理由はたったひとつ。


壁際に追い詰められるように、獣のような眼光と気配を浮かべる三人から逃れようと動くリオンの、彼女の手に握られたピンクや赤で彩飾されている両手の平サイズのプレゼントボックスを。


――今、作戦を共にする知り合いと話している憧れのあの人に渡すためだ。


「いや、でもなぁ…ああして話してはいるが何処か急いでいるような気
がするのだ…」


「それはあんたの気のせいよ!ほら!あの人の子と見てみなさい!――女の子と話せて幸せそうな表情浮かべてるじゃない!」


「あやつは知り合いと話すことが好きなんじゃが、というかその言い方だとあやつが不純な動機を持っているようにしか聞こえないぞ?」


「そんなことはどうでもいいの!あんたはそれを渡せなくていいの!?」


「ぬぐっ」


赤混じりの茶色いツインテールの女子にそう言われては言葉が詰まる。


実は彼女が手に持っているプレゼントボックス、これは一週間前に購入したものだ。


二週間前ほどから街の色々なお店を練り歩き、彼に似合うものは何か。男性が持っても違和感が無い。というものを探して、漸く見つけて購入したものだった。


それを渡そうと思ったのは購入した次の日だ。


そして今は一週間がたった日だ。


最初は見守ってくれていた三人も、流石に堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。


前門の憧れ、後門の仲間である。


だが、勇気がでない。


「あぁ、いや、やはり明日にでも…」


「「「早く!行って!来なさい!(来てください!)」」」


「わわわわッ…!?」


そう思っていたら、気がつけば廊下の真ん中にまで押し出されていた。


そうなれば廊下の向かい側で話していた彼もこちらに気がつき、笑顔を浮かべながら片手をあげて挨拶をして来た。



――えぇい、当たってくだけるしかあるまい!!――



覚悟を決めるように内心そう考え、彼の方へと一歩一歩歩みを進めていく。


一歩を歩むその度に、心臓が跳ね上がりそうなほど猛烈に振動する。


彼の姿が近づく度、後ろ手に隠したこれを渡す勇気がなくなっていきそうになる。



――だが、渡したいと言ったのは自分だ。


ならばやりとげるのみ。


後ろでエールを送っているだろうあの三人のためにも。


いつの間にか消えている、彼と話していた人のためにも。


そして――





「お主に、ちと渡したいものがあってな?」




私の思いを伝えるために。



赤とピンクのプレゼントボックスを。



何時ものような笑顔を浮かべる彼へと。






――差し出した。


















――喜んで、くれるだろうか?
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エシラさん (7e3e5x4f)2020/1/17 11:48 (No.33527)
もし生まれて幾度の時が過ぎても、自分が如何いう存在か定義できなかったら?
彷徨うだろう、迷うだろう。
私はどういう存在なの?と問いかけて見ても分からないだろう。
では、それが分からなかった時に誰かに何者であるかを教わり、目的を与えられたら?
ある者はそれを果たそうとする。
又ある者は無視する。
さらに別の者は―――盲信的に目的を果たそうとする。

これは何者であるのかを教わり、目的を与えられた哀れなる人形達の歴史。
その結末は喜劇か、はたまた悲劇か。
最後の結果を見るまでのお楽しみである。










わたしが紫の燐光を放つ手と同等の大きさの硝子の欠片に触れると内容が流れ込んできた。
これは一冊の本の内容だ。
現実世界で見ている物語の話が、鮮明に映像化されて脳内で映ったのである。
やっぱりこの夢は大いに特異だ。
文章の中に含まれる一つ一つの単語という要素が用いられて映像が作成されていき、区切りの良い所まで完遂すると一つの動画と化す。

この様に現実世界のわたしの歴史を具体的に解説してくれる機能が、夢の中に存在する硝子の欠片にはある。
その他にもありとあらゆる映像が其処に保存されている。

この欠片は他にも無数に存在する。
別の物に触れようと考えた。
だがその時―――眠気に襲われる。
目覚めが近い様だ。

「再び此処に来ましたら、その時に続きを見ましょう」

私はゆっくりと瞼を閉じた。
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菓子丸さん (7bep69l3)2020/1/14 14:19 (No.33343)削除
【魔導兵装は夢を観る】

22枚のステンドガラスに囲まれた空間。横髪が胸元まで伸ばされた赤髪に、光のなく退屈そうにしている翡翠の瞳の下に赤化粧をした男は退屈であった。時間つぶしに契約した魔導兵装と話せばいいかもしれないが、自我がない彼らに話しかけても独り言。仮に自我がある彼らには変わり者が多く話が通じにくい。

所有者のクソガキが、契約系魔導兵装のブスと契約をしていたが契約系は良くも悪くも捻くれているからオススメが出来ない。せっかく警告してやったのに無視ししやがってと苛立ち、舌打ちが響き渡る。

今まで自分と契約してきた者達は皆、カード通りの死に様を迎えた。【恋人】をメインとしていた愛らしい女性は、魔術師と恋に堕ち結ばれない今世を呪いながら心中。【世界】をメインとした以前の契約者は戦争勃発により、暗い地下牢に幽閉され生きることだけを求められ人間ではない怪物へと堕ちていく。

ワールドイズフール(ジョーカー)と契約した瞬間に彼らに似合う【カード】が選択されるが、21人中No.1愚者に当てはまる存在はいなかった。愚者は良くも悪くも自由のカード。世界を渡り歩く旅人であり、愚か者。何故あんな貧弱で、ゲロ甘で、何一つ芸のない男をカード(愚者)が選んだのか不明。愚者に対して問いかけたところで、狂言しか言わないから聞きたくもない。

左目から見える世界ははらはらと舞い散る冬の花弁。肌を突き刺す氷の街。響き渡る教会の鐘。皺くちゃな手を持つ老人は、赤髪の少年に22枚のステンドガラスを見せて何かを話している。再生しても進むことはない物語。

くだらない愚者の世界を強制的に閉ざさせ、決まってしまった契約を見ないため、タンスの角に小指を当てて苦しめと怨念を込めてふて寝を決め込む。次会ったらあのババアを絶望に落としてやる。
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P
Phoebeさん (7dy24s43)2020/1/14 01:01 (No.33325)削除
リーゼの過去


【それは数多の記憶を集めるランプすら知らない、少女の底の底に追いやられた「罪」そのもの
或いは、少女が願った世界 そして望まれない世界
世界は因果だけで残酷にも0と1の二進法のように決まってしまうのだと少女は幼くして知る

それ以降、彼女の目には過去も現在も未来も…何もかもがページをめくるように、世界という「戯曲」を進めるためだけの影役者に見えてしまった そして自分は舞台を動かすためだけの「歯車」に過ぎないのだとも…

「戯曲に囚われた役者は哀れだ…しかし、舞台すら見ることも叶わない部品たちはもっと哀れだ…」

過去に無頓着なわけではない 今に自分を作っているのは間違いなく過去だ…それでも…】



「何かしら…私の過去を知りたいの…?
…聞いて気分のいいものではないのよ? それに…」

少し考えてやがて何もなかったかのように続けた

「いいわよ…でも対価は頂くわ
それはあなたの過去の記憶 それでいいかしら?
…はぁ やっぱりこんなのでは退かないわよね じゃあ全てを話すわ…全く物好きなものね…」



ー私の家は貧乏だった。物心ついた頃には父と二人暮らしだった。
私の母は生まれて間もなく死んだわ。元々病弱で私が生まれたのだって奇跡だったそうよ。
母が死んでから父は私を溺愛した。私は父のことが好きだったし、父の気持ちも…今なら少し理解できるわ。
私はね…ちっちゃい頃バレリーナになりたかったのよ。でもある日の結界を超えてしまって…適応できなかった体が悲鳴をあげた。足が動かなくなってしまったのよ。
私は自分を呪った。あそこまで激しく自分を恨んだのはあれが最初で最後かしらね…
すぐに病院に運ばれたわ。でも貧乏だから入院費を払うだけでいっぱいいっぱいだった…とても足の回復なんか望めなかったのよ。
そしたらね、ある日父が知り合いからもっといい場所ならここより安いところで治療が受けられると聞いたの。
でもそれは決して簡単なことじゃない。あの貧乏な地区から逃げ出すには相応の法を犯さなければならないの。
そこで父は別の知り合いにここから脱出する手伝いを依頼した。もちろん、相手も違法での手伝いよ 見つかったらただじゃ済まないでしょうね…
通常はそんなリスキーなことに子供を連れて行くことはできない 違法でやってるのだから足手まといになるのは連れていけないのよ。足が動かないのであればもっと…ね。

私は病院のベッドからその依頼をする父を見ていた。遠かったし何をしているかわからなかったけど、優しい父が厳しい顔をしているのだから驚いたわ。その夜父が来た。私の頭を撫でると離れた机に小さな箱を置いて「リーゼ 歩けるようになったらあれを開けてごらん」と言ったの 寂しそうな笑顔だったわ…それから帰っていった

…父は少し前に自分の脱出を依頼してたの。でも足の動かない私を引き受けてくれない。ひとつだけ...服やカバンの中に私を入れたなら話は別....そのはずだったのよ。脱出はその違法性上、秘密裏に動かなければならなかった。だからカバンなんて持ち越せない、人が入れるほどの目立つ服なんて着てはいけない。でも父はそれを知りながらなおその方法で私も脱出させようとした。もちろんそれを知り合いはすぐに嗅ぎつけたわ。
父は知り合いと最終調整をするために家のベランダでひっそりと話した。父は1人でも脱出できたのよ...それなのに私も連れて行くと決めた。知り合いに話そうとしたのかしらね…白状するかしないか…迷ってたわ。断られる可能性もあった。そうなればもう二度とここを抜け出すチャンスは来ない。だから言いかけて...言えなかったのね。
しかし仕事とはいえ人間。知り合いともなれば尚更ね。その知り合いは素直にここで娘も連れていきたいと白状すれば連れていくつもりだった。でも父は契約違反の疑いにカマをかけられていると思って隠した…知り合いは助けられる最期のチャンスだったのに、とかなしそうに目を伏せた…
知り合いは父に契約違反の通告をした。つまり、殺されるってことよ。

すぐ後に父は知り合いに殺されたわ。最後に私への手紙を書いて、生命保険の契約書にサインをして…生命保険のお金はすぐに死んだらおりない。10日待つ必要があったの。だからサインをした後に自分の死体を10日後に事故死と見せかけるように細工するよう知り合いに頼んだ。そして最期の願いを託して父は死んだ。そして10日後に事故死として新聞に載った。知り合いの男はこっそりと病室に忍び込んで、箱に手紙と契約違反と書かれた街抜けの契約書・父の生命保険の契約書のコピーを入れて消えたの。
二週間後、父の命で降りたお金で私は手術を受けた。足が動くという喜びの中、私は箱を開いて父の手紙を読んで事の全てを知った。父はもういないってね。

私は失意の中を彷徨って何を恨んだらいいのかも分からずにただひたすら自分を殴った。看護師さんに止められたけど構うものかと殴り続けたー



「私はね自分のこのランプが嫌いなのよ。
覗きたくもない過去を覗いていたずらに居場所を探し続ける…紫煙みたいな力に嫌気がさした。
でもね、結局こうすることでしか自分の傷を癒せないって…わかってるのよ」




「ねぇ、神様 私は罪を犯した
あなたの不在を疑って…両親の想いもわからずにただ自分を傷つけ…そして他人すら傷つける力を手に入れてしまった。
ねぇ…神様…私は自分からあなたに背を向けた。でも…でも…それでもどうか…」







『神様、私はあなたに自ら背を向けました それでもどうか、もう一度あなたに祈る私を赦してください』
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